-刀剣研磨 コラム-
第3回 ; とある新作刀の四方山はなし
昨日、研磨依頼の新作刀が届きました。
早速目視で刀のチェックをしてみますと曲がりはないようですが、刃先が刀の中心にありません。刀身の真ん中あたりが中心より左に寄れていて切先の方は僅かに右に寄っています。
そして、鎬の重ねより棟の重ねの方が厚いというありえない形になっており、しかも刃区の重ねに対し刃区から20cmあたりが妙に薄く感じます。鍛冶研ぎで削り過ぎた可能性があります。重ねは刃区から切っ先にかけて少しずつ薄くなって行くのが理想です。手元に近いところが部分的に薄かったりすると曲がるような力が刀にかかったときに、力が分散せず曲がりやすくなります。
刀身を手で撓(しな)らせてみると、この刀は結構柔らかく、やはり真ん中より下のほうが撓りの中心になっています。
○地焼き
刀は焼を入れて硬い刃ができ、それによって物が切れるようになることは一般的に知られてますが、実は刃紋以外の地の部分にも殆ど目に見えない微妙な焼きが入っており、それによって曲がりにくくコシの強い刀になります。その技術の違いで刀の優劣もでてきます。
よく刀をたくさん削って軽くしてくれと言われることがありますが、地の表面の焼きも削り取ってしまい刀が柔らかくなる可能性があるので行わない方が良いです。
今回の刀は意図的な地焼きがされておらず、ふにゃふにゃ感があります。この刀に関しては芯鉄が出ないかぎり沢山削っても問題ないようです。
○目視の感覚
今回の刀を目視した感じではとてもまともな刀になるとは思えません。
しかし、目視の感覚というのは不思議なもので実際よりオーバーに感じることがあります。1mの物体が1mm違っていても気が付きませんが、刀の厚みが1mm違うと数値以上に大きく感じられます。刀の地肉の膨らみなどは、おそらく0.00数mmの違いを目視で感じ取って認識しているようです。
どうも、カメラの望遠レンズのようなものが脳の中にあり必要に応じて感覚を増幅させているようですが、これが曲者です。必要以上に一部分にこだわったり、目の錯覚などで実際の形と感覚に違いが生じることがあります。
刀を研いでいても思い込みや錯覚で実際の寸法と目視の感覚がずれている場合があります。刀を研ぐ時はいちいちノギスで測りながら行ったりはしません。形も複雑だしいろいろな要素があるので全てを図ることは不可能だし、だいたい測りながらでは仕事になりません。
それでも、時々、感覚と実寸の誤差が生じてないか感覚で研いだ後に確認の為に要所をノギスで測りチェックすることは感覚を補正するうえでとても有用なことです。
○実測値
そういうわけで自分の場合は研磨前に十分目視し刀の状態を頭に叩き込んだあと、確認の為にある程度実測値を測ってから研磨します。
今回依頼の刀も測りました。
長さ72.7cm 反り2.0cm 重さ771g 茎の長さ21cm
幅---刃区33.3mm/ 真ん中29.4mm/ 物打ち27.5mm/ 横手26.4mm
特記事項として刃区から20cmの位置の鎬重ねが4.8mmでした。真ん中辺とほぼ同じです。刃区から20cmの位置まで重ねの変化率が大きく、その位置から切っ先にかけての重ねの変化率は小さいです。
目視では20cmのあたりの重ねが極端に薄く見えたのも目の錯覚で実際は変化率の違いでした。しかし、この位置がこの薄さというのは問題です。刀を理にかなった自然な形にしようとすると横手の重ねがかなり薄くなってしまいます。好む、好まざるにかかわらず、不自然なこの位置厚さがこの刀を研ぐうえでの基準になってしまいます。
○今回の新作刀に関する結論
目視ではどうしようもない刀と思っていたのですが、実際に寸法を測ってみると重さが700gよりも軽いペラペラしたかなり薄造りの、一応まとも? な刀になりそうです。
たっぷりと水に浸けた畳表を巻いたものならサクッと軽い感触で斬れると思います。
ただし、研磨前でも軽い力で撓(たわ)んでいたものを、ここまで削り込んだら更にやわらかくなり、かなりの達人が使わないかぎり刀がすぐにダメになってしまう物になるかもしれません。
(研ぐ時は理論値をある程度無視し感覚的な認識も利用してできるだけ強度を持たせるように形をつくりますが、それでも、この刀の場合はかなシビアなものになりそうです。)