刀剣研磨-研究室--->8、刃味について
刀を研いでいると、いろんなタイプの刃味に出会います。そして、刃味に合わせて刃肉の調整をしたりもします。軽くて折れず曲がらずが日本刀の一番大事な要素ですが刃の部分も大事ですので思いつくまま書いてみました。 *** 刃味とは? *** 研いでいて感じる刃味とは、「硬い」「柔い」「靱性が強い」「脆い」であらわせると思います。さらに、上記とは別次元で感覚的な「サラッとした」「ネバッとした」という漠然とした感じも存在します。 一般に(硬い=脆い)(柔い=脆くない)と考えがちですが刀の刃の場合は幅が有るらしく同じ硬さでも靱性に差があります。軟らかくてもポロポロするものも存在します。 ここでは切れ味と刃味は分けて考えます。切れ味は、どれだけ力をかけないで物が切れやすいかを定義といたします。(テッシュペーパーを切った時にどれだけ繊維がほつれずに切れるか) |
図-1 |
切れ味に大きく関わる要素として刃肉の薄さが上げられます。ティシュペーパーを斬って試した感じでは薄い方が切れ味は良いです。しかし、刃味によっては薄くても良い場合と悪い場合があります。 【左図のAよりBのほうが良く切れるが、バリになりやすかったり、欠けやすい物はAの方が良い。】 |
***刃味の具体的な判断材料 その1 = ”バリ” ***図2 |
研いだときに刃先につく薄い膜を”バリ”といいます。備水砥(約#600)で刃に対し垂直方向に砥石を当てる(キリで研ぐ)と或る程度の柔らかさがあれば殆どバリが付きます。ある硬さ以上になるとバリが付かないで直接刃先が鋸状になります。 しかし、実際に研磨する場合は備水砥で刃をつけると刀のラインが崩れるので、実際には中名倉、細名倉砥石でばりにならない程度に研ぎ、内雲砥石で刃と平行の方向に引くように研いでトドメの刃を付けますが、この時、バリになりやすいかどうかで刃味の違いが分かれてきます。 このバリは肉眼で分かるものもあれば、顕微鏡で見ないと分からないものもあります。同じ程度の柔らかさ(砥石へのかかりの良さ)でも刀によってバリになりやすかったり、なりにくかったり、バリのギザギザが大きかったり少なかったりします。(E、F図) 刃の角度もバリと関係があります。(薄い方が付きやすいので、バリになりやすい物は刃肉を取らない方が良い(C)(D)図) バリが大きく、ギザギザしてる程ティッシュペーパーの繊維が刃先に引っかかるので切れ味が悪いということになります。(手に当てて引いた場合、こちらの方が切れるような感じがするかもしれません。) 実際、或る程度の柔らかさを持ち、薄くてもバリにならない刃は切れ味が非常に良いです。私はこのような刀を「刃付きの良い刀」と言ってますが、先に述べた研ぎ感が「サラっとした」のものに多くみられます。「ネバっとした」研ぎ感のものは硬い刃でもバリが付きます。 |
***刃味の具体的な判断材料 その2 = ”刃の欠け具合” *** 図3 |
私は刀の刃を見るとき、まず前述のバリによるギザギザを見ますが、肉眼で見えない程小さなものや、或る程度硬いが為にバリが無いものは刃先の欠けた所を観察して刃の性質を判断するようにしています。 大ざっぱな例は図3の(G)図のように刃を合わせた時、軟らかいものは(H)図のようになり、硬い物は(J)図のようになります。(I)図のようにどっちつかずというものもあったり、その他にも微妙な違いが出てきます。 上図のように極端に刃を合わせたわけでは無いのに0.1mm位の小刃欠けが多数あるものは硬い、柔い以前に脆い刃なので俗に言う「ナマクラ刃」ということになります。 多数無くても目が慣れてくると小刃の欠け方で或る程度分かるようになります。 めったに無いですが、反対に、錆身であるにも関わらず刃がスッと綺麗で欠け一つ無いものは硬いにも関わらず靱性に富んだ理想的な刃を持った刀です。このような刀は研いでる最中にも刃が手に食い込んできて難儀します。 何かを切って(I)図のようなマクレがあるが、刃先が綺麗なものは薄くても強く、切れ味が良いようです。 【以下余談です。 以前、日本レジンの展示会のお値打ちコーナーに末古刀期の美濃物と思われるマクレのある古研ぎの刀がありました。それを見ていたお客さんに、この刀は切れ味良さそうだし、刃が欠け難そうだし、細身だが折れなさそうなので安心して物を切れる刀かもしれないことを言うと、直ぐに買っていきました。後で研ぎに出してくれるということだったのですが、いつまでも研ぎに来ず疑問に思っていたら、半年後の展示会にその方が見えられ、「マクレは砥石に当てて押したら直り、物を切ったら非常に切れ味がよく、子供に切らせても刃が欠けないので、当分切るのに使う。」との事です。自分の予想が当たっていたのは嬉しいが、研いでみたかったのに研ぎに来ないので複雑な心境です。 -余談の余談- この方は、「刀は寝刃を合わせない方が良く切れるね。」とも言っておりました。 やはり、キーン刃は切れるのだ! が、しかし・・・ 以下に続く】 |
*** 大村先生の本にある刃についての記述 - キーン刃も実はギザギザ? *** 図4 |
大村先生の本を読んでいると、刀の刃先を顕微鏡で見ると錵や匂いの元となっているマルテンサイトの粒が刃先に密集しており、よく研いだものは肉眼では見えないがマルテンサイトの粒が鋸の刃の役目をして肉に食い込むので刀はよく切れると書いてました。図4 むむっ!(@_@) という感じです。 そういえば、『作刀の伝統技法』鈴木卓夫著、理工学社発行に何本かの刀の顕微鏡写真が載っていたぞ。ということで見てみると。 むむむっ/(-_-)\。 刃先の微細マルテンサイトの写真がどれも違うぞ。・・・もしや・・・ 以下は私の想像です。 結論から先に申しますと、刃味の違いとはこの微細マルテンサイトの状態によって決まるのではないか、ということです。つまり同じ鉄なのに、硬軟に関係なくバリの付き方の違いに幅があったり、靱性が違うのも全てマルテンサイト結晶の形、大きさ、結合力、質の違いの賜物ではないかということです。 結晶がピュアだったり方向性を持ったりしたものはサラッとした研ぎ心地で、結晶の形が不規則だったり、ハッキリしないものはネバっとした研ぎ心地になるのではないか。 カッターナイフを仕上げ砥石で研いでも切れないのは同じ理由によるものではないか。 刀の善し悪しを匂い口の状態で判断するのも、刃の結晶の状態が目でみて分かりやすい部分だからではないか。 刃物鍛冶の専門用語で「芯が通る」ということも聞いたことがありますが、これも関係あるのではないか。 数え上げたらきりがありません。 ん〜、今まで不思議に思っていたことが、なんとなく辻褄が合ってくるような・・・。 |