刀剣研磨-研究室--->5、日本刀は切れるのか?
刀は美術工芸品といえども、刃物であるいじょう原則として切れなければなりません。しかし、物が切れるとはどういうことか?どのような刃にすれば、より切れるのか?等、科学の進んだ現代においても様々な意見があるようです。 身内の事ですが、当工房でも師匠はギザギザ刃党で私はキーン刃党と意見が異なっております。 まず、なぜ切れるのかについて2説ありますので紹介します。どちらも刃物を引いたり押したりして切るということを前提にしてます。 |
摩擦説 | 物に対する刃先の摩擦が分子を引きちぎるという説。よく紙で手を切ったりするのはこちらの説の証明かと思います。刃先が鋸のようにギザギザしている方が引っかかる。 | |
圧力説 | 点線(a)の断面に対し点線(b)の断面の方が鋭角になります。つまり物を切るとき引くということは刃先がより鋭角になり圧力が高くなり物を断ち切りやすくなります。 鈍角な刃物より、鋭角な刃物の方が良く切れるのと同じ原理です。 |
さて、ギザギザ刃とキーン刃と勝手に命名しておきながらそれについて説明していないので遅ればせながらここで説明いたします。 |
ギザギザ刃 | |
状態 | 顕微鏡50倍〜肉眼で見て切刃がギザギザな状態。 |
特性 | ・刃先に手を当てると引っかかりが有り、刃にそって引くと切れそうな感じがする。 ・質の悪い砥石でも刃が付く。 ・短時間で刃を付けることが可能。 ・そこそこ硬ければ材質や硬さに関係なく刃が付く。 ・押したり引いたりしないと切れ味がいまいち。 |
実例 | ナイフ、洋包丁、カッターナイフ |
キーン刃 | |
状態 | 顕微鏡で1000倍に拡大してみても切刃が一直線状態。(この状態をキーンになっていると言う)【2022年追記、最近250倍の顕微鏡で刃先をよく見るが鉄の結晶のツブツブがありまっ平にはなりません。切れ味はツブツブの質と大きさが絡むようです。】 |
特性 | ・刃先に手を当てると、いかにも切れそうなゾクっとした感じがする。 ・目の細かい良質の砥石で根気よく研がなければならない。 ・研ぐのに長時間かかる。 ・良質な鉄、適度な焼き入れ、鍛造方法による良好な組織配列等の様々な条件をクリアした物のみ可。 ・体毛を剃る場合のように刃を当てただけで切れる。 |
実例 | 三条剃刀、高級和包丁、鉋の刃(高級品) |
日本刀の場合はどうか? 日本刀はほとんどが湾曲しており、荒い砥石で刃を付けるとラインが崩れ、刃が綺麗な曲線になりません。つまり宿命的にキーンを目指す研ぎ方になっております。 打ち曇り砥石で念入りに研いだ直後にはティッシュペーパーを空中にぶら下げて、繊維に対し直角に切れることもあります。ギザギザ刃だとこうはいきません。しかし、全ての日本刀がこのように切れるようになるわけではなく個別差があるようです。 いずれにせよ、現在の一般的な化粧研ぎでは、研ぎの最後に刃艶砥で刃の部分を念入りに擦るので切れ味が少し落ちてしまいティッシュを切るのは難しいです。 かといって日本刀は切れない刃物か?というと、そうではありません。真面目に研いだ刀なら新聞紙一冊程度ならどの刀でも楽に切れます。 戦国時代、兵が戦場に砥石をもって出兵し、寝刃をあわせながら刀を使ったという文献が有り、そのようにしないと日本刀は切れないと言う人がおりますが、間違いではありません。 戦で一般的な兵が刀を使う場合などは、短時間で刃を付ける必要があるだろうし、砥石を何個も持って歩けるわけもなく当然ギザギザ刃になるのは道理です。引っかかりが有るので引けば良く切れるし、打ち込んだときキーン刃程くい込まないにしても鉄の棒なのでそれなりのダメージを与えられます。突いたら刃なんて関係有りません。この時代は折れたり曲がったりなどしない刀が一番良い刀ということになるでしょう。 想像ですが、少し上級な武士は最初はキーン刃で、戦場で使って切れなくなったら自分で研いでギザギザ刃にして使い、家に帰ったら研ぎに出してキーン刃にするというような事をしていたのではないでしょうか。更に上級な武士は研師をつれて歩き常にキーン刃状態にしていたかもしれません。 湾曲していて尚かつ蛤刃の日本刀を形を崩さずに刃を付けるのは集中力と根気のいる作業なので時々あまり切れ味の良くないものを見ます。形を崩して刃を付けるよりはこちらの方が日本刀の健全さを保つうえで非常に良いのですが、ギザギザ刃でないと切れないと言う人は、このような日本刀を見て言ってるのかと思います。 最近考えるのですが、小刃が欠けた刀は、刃を砥石で引いて形を整えた時にそのままにして刃を付けない方が良いのではないでしょうか。このほうが小刃が欠けにくいので健全さを保てるし、美術工芸品としての役目は十分に果たしております。そして、「いざ!」となったら、その辺の砥石でガリガリ研いで使えばよいのではないでしょうか。 でも、なんか物足りないような・・・。刃の付いてない刀は鑑賞しているときに感じるある種の緊張感が無くなりますね。 日本刀をどのようにすべきか? を考えるうえで踏まえておく必要がある要素が幾つかあります。
時間に余裕のある平和な時代はキーン刃に近い出来るだけ切れる状態で、しかも美しく仕上げたものを所持すべきかと思います。平和な中にも、いつでも使えるという緊張感はやはり必要でしょう。(平和だからこそ緊張感が必要かも。) ところで、なぜ美しくしなければいけないか? 日本刀は生い立ちから考えて大変禍々しい道具です。頻繁に使わない為にも、ある程度美しく仕上げておきたくなるのは人情というものではないでしょうか。或いは身を守る武器として、能力以上の力(神仏に祈るような)を求め、神々しい程の美しさを欲しがるのかもしれません。 |
参考文献・鋼のおはなし(日本規格協会)/刃物のおはなし(日本規格協会)/その他 |