刀剣研磨-研究室--->18、刀の断面形状と切れ味の関係
3月に鈴鹿のMASAさんにさそわれて試し斬り会に行き、始めて太めの竹を切りました。 |
左側は伐採したてのものですが、右のほうは1月に採ってきてから2ヶ月くらい放置していてかなり乾いたものも試しに斬ってみました。使った刀は前回の試し切りに使った重さ560g長さ2尺という華奢なものですが、絶対に折れない刀ですし、刃も欠けにくく、しかも、研ぎ減りで全体の2/3くらいしか刃紋が無いというオンボロ状態なので素人の私でも、おもいきって試すことができました。 写真のように斬ることはできたのですが、その時の衝撃で翌日から背中が火傷したような傷みの凄まじい筋肉痛になり大変なことになりました。、腕の筋肉でなく背中の筋肉というあたりが不思議なんですが・・・・。 |
その後から、どうも物を斬ったときの衝撃(抵抗)がなんなのか妙に気になりだし、 先日3センチ角の角材を斬ってみたら何となくその答えの糸口が見えてきたので、そのことについて述べてみます。 |
角材の場合は竹と違い弾力が無いせいか最後のほうが折れてしまいます。なにげなく折れたところを組合わせてみたところ切り口が左写真のように刀の厚みの形そのままに残っていました。 これから分かることは、刀で物を切るということが刃先だけの問題でなく切断面を押し広げるというか引き裂くような力がもの凄くかかるということが実感としてわかります。上の写真の竹も上端を固定し上から押さえつけたら、斬るのが大変なはずです。 |
そんなわけで、切断面を押し広げるのに関係する刀の、重ね(厚み)、摩擦、平肉の膨らみ、身幅、などについて順次考察していきます。 |
○重ねについて |
<図-1> 重ねの違い |
同じ身幅の場合、重ねが厚いと刃先が鈍角になり前方からの反力が大きくなります。さらに切断面を押し広げる量が多いため当然対象物からの反力も大きくなります。 そのようなわけで重ねは薄いほうが切れ味は良いのだが、薄いと刀が曲がりやすくなってしまうという欠点がでてきます。 |
○摩擦の影響 |
<図-2> 摩擦の影響 |
以前ある居合いの先生から研ぎの依頼が来たのですが、その刀はやや粗めの砥石で上手に研いでありました。刃先の角度も刃肉の膨らみも理想的で新聞紙などはそのままでもスパスパ切れます。 その刀を形をそれほど変えずに抜刀用研磨を行いお渡ししたところ、切れ味がとても良くなったと報告を受けました。 研ぐ前と後で何が違うかというと刀の表面を細かい砥石まで研ぎ、最後に拭いで磨き込んでいるので表面の摩擦が少ないことが考えられます。<図-2>参照-太い赤線が摩擦。 刀の表面のザラツキは想像以上に切れ味に大きな影響を与えるようです。 |
○平肉の膨らみによる違い |
<図-3> 平肉の膨らみ |
平肉に膨らみを持たせることで断面積や刃先の角度が増し刀の強度が増します。 それから、硬いものや、あるいは柔らかいものでも高速で対象物を斬った場合<図-3>左図のように刃先の方だけが切断面に接し摩擦や反力が減って切れ味が良く感じるようにおもいます。 平肉が無いと一見刃先が鋭利になり切れ味が良いように見えますが<図-3>右図のように地刃全体の面が切断面に接触するため摩擦が増えるので必ずしも切れ味が良くなるとは言えないような気がします。おまけに刀の強度もおちるし、刃先も欠けやすくなったり潰れやすくなってしまいます。 俗に蛤刃と呼ばれる刃先の形状を生み出す刀の平肉の膨らみは大事な役割をもっているということになります。 |
○身幅について |
<図-4> 身幅の違い |
重ねが同じでそのまま身幅を変えたら、どのような違いが出るのか考えてみます。 身幅が狭いと刃先の角度が増えるため前からの反力が増えるが切断面に接触する面積が減るので摩擦が減ります。 反面身幅が広いと正面からの抵抗は分散されるのですが、摩擦が増えます。刀の強度はこちらのほうが上です。しかし扱いやすさではどうかとの疑問もでます。 この件に関してはどちらが良いのか今の自分では感覚的に想像が出来ませんが、重ねに対する程良い身幅というものが存在するような気がいたします。 |
○重ね身幅の大きさが違う場合 |
<図-5> 刀の大きさの違い |
当たり前の話ですが、重ねの薄い刀の身幅を狭くしていくと形的には重ねの厚い刀の断面をそのまま小さくした状態になります。 この2つを比べると高速で斬った場合同じような状態になるので切れ味に違いはなさそうですが、低速だと大きい方の摩擦や反力が大きくなって切れ味が悪くなりそうです。ただ大きい方が頑丈だし重いだけエネルギー値が高いわけで威力はあるはずです。 高速で振れるならば大きいほうが良さそうです。自分の体力に合わせてサイズを決めましょう。 |
○刃先について |
<図-6> 刃先について |
よく素人の方が刃付けを行うと<図-6>左のような刃先にしてしまいます。こういう場合、新聞紙は切れるのだが巻藁の切れ味が悪いようです。刃先の角度が付いたため前方からの反力が増えているだけでなく、これも刀で物を切る時の押し広げるという現象が大きく関わってくるようです。 刃先は尖っているので紙などの薄いものは切れるが、立体的なものを切ると<図-6>右のように刃先が接触せずに押し広げる方にばかり力がかかってしまい切れ味が著しく低下するのだと思います。 押し広げる力の反力に負けて刃先が届かなくなるという現象は上の極端な例だけでなく、普通に研いだ時でも微妙な刃肉の付け方次第では起こりうる現象なので、切れ味に大きく関わる研磨の急所と言っても過言ではありません。 以上、図を書きながら刀で物を切断するということについて考えてきましたが、刀で物を斬った時に切れ味が良いと感じるためには刃先が対象物に当たることと、押し広げること、摩擦が小さいこと、の絶妙なバランスをたもつことができる理想的な刃肉の膨らみが必要ということです。しかし刃先が欠けたり、潰れたりしないことを考慮に入れて刃先の角度や膨らみをもたせなければならない制約があったりするため、刀しだいでどれだけ理想に近づけられるかの程度が変わってきます。それによって切れ味の良い刀と悪い刀、刃持ちの良い刀悪い刀に分かれるわけです。 結局、斬れる刀を生み出す主導権は刀鍛冶にあり、研ぎ屋がやれることといえば刀の生まれながら持っている性質に合わせて最良の状態になるよう手助けすることしかできません。 重ねと刃先が薄く、いかにも切れそうな刀でも刃鉄が柔らかったりすると研いでいて切れ味が長持ちしないのではないかと心配になるものがあるのですが、どうしようもありません。無理に刃先に肉を付けると刀として不自然になって切れ味が落ちてしまいます。こういうのは刃鉄の性質と刀の形状がミスマッチということなので、造る段階で重ねを少し厚くするか、平肉をタップリとつける必要があると思います。 私が試し切りした刀は所々刃紋が薄くなりやや柔らかくなっているところがあるのですが、ものを切っているうちに、しっかりした刃紋のところに比べると柔らかい刃先の部分は刃先が先にザラザラしてきました。刃が柔らかい場合、刃先を薄くするとこうなります。 重ねの薄い刀はあらゆる面でシビアなので、これを造る場合は研究室「17,刃について」に書いたような強靱な刃でなければなりません。そして、曲がりに対応するために棟に焼きを入れるなり鎬地全体を刃と地の中間くらいの硬さに焼きを入れる(焼きが見えなくても良い)工夫が欲しいです。刃幅を広くするというのも良いかもしれませんが皮鉄を薄くする高度な技術が必要だし、研ぐのが大変というデメリットもあります。 昔の刀の鎬地を研いでいると焼きは見えないのに刀身の中央から鋩子に近づくにつれだんだん硬くなっていくようなものが時々あります。棟焼きはなくても微妙な硬度の違いをもたせ刀に強度を持たせようとしたのだと思います。残念なことにこれは砥石に当ててみて始めて分かるので刀を目で見て判断することはできません。使ってみて曲がりにくかったり、もし曲がったとしても急角度ではなく大きな弧をかくような良い曲がり方をするような刀は何らかの工夫をしていると判断するしかないです。 結論として刀は重ねが薄い方が切れ味は良さそうなのですが、強度が足りなかったり、刃が弱かったりするようならいっそ重ねを厚くしたほうがバランスがとれていて良い刀になると思います。そして使う側は刃の性質、刀身の強度の能力を考えて刀製作の注文するなり売っている刀を選びましょう。 それから、刀を選ぶうえで切れ味の優れている刀が必ずしも良刀とはかぎらないということを忘れてはならないと思います。所持する側、又は造る側が、頑丈さを求めたり、戦闘に適しているものを求めたり、その他いろいろな考え方があります。 では良刀とは何かというと、唯一言えることはクオリティーが高いということではないでしょうか。 最後になりますが、この原稿を書いているうちに、研ぎさえ或るレベル以上にあれば刀を振ったときのスピードが刀の形状以上に切れ味に関係しているような気もしてきましたが、実際はどうなんでしょうか。 次回、戸山流抜刀道の中村泰三郎氏の本に書いてある斬るための理想の刀の文章を丸写しして紹介しようと思います。かなり明確な寸法の数値が書いてありました。 |